石川啄木

更新日:平成25年3月26日

岩手県立図書館「啄木文庫」は、啄木研究家として前駆的な役割を果たした吉田孤羊氏のコレクションが母体となっています。
詩集『あこがれ』、歌集『一握の砂』、『悲しき玩具』の生前出版の初版本を始め、啄木自らが発行に関わった『小天地』、『スバル』などの文芸誌も所蔵しています。

当館で所蔵している啄木の作品の一部を、「イーハトーブ岩手電子図書館 石川啄木」で公開しています。

石川啄木 略歴

岩手県出身 享年26歳。詩人。

明治19年(1886年)2月20日
岩手郡日戸村(ひのとむら)(今の盛岡市玉山区日戸)の常光寺で生まれる。(18年10月27日説もある。)
一(はじめ)と命名。父一禎が住職をしていた。
明治20年(1887年) 1歳
父一禎の転住により、渋民村の宝徳寺に移る。
明治21年(1888年)12月20日 2歳
妹光子生まれる。
明治24年(1891年) 5歳
岩手郡渋民尋常小学校(いまの渋民小)に入学。
明治28年(1895年) 9歳
尋常小学校卒業。盛岡市立高等小学校(いまの下橋中)に入学。
金田一京助を知る。
明治31年(1898年) 12歳
県立盛岡中学校(現、盛岡第一高等学校)に入学。
同中で教師大井蒼梧、先輩野村長一・金田一京助らの影響を受け、文学への傾斜を深める。
明治32年(1899年) 13歳
2年に進級。堀合節子と知り合う。
明治35年(1902年) 16歳
同中学を退学。試験でカンニングし、処分されたのが直接の動機といわれる。
11月に上京、与謝野鉄幹を訪ねる。
明治36年(1903年) 17歳
2月、病により帰郷。
明治37年(1904年) 18歳
「明星」や「時代思潮」の誌面を飾り、新進詩人として注目を集めるようになる。
10月、処女詩集「あこがれ」刊行のため、上京。
明治38年(1905年) 19歳
5月、詩集「あこがれ」刊行。堀合節子と結婚。9月、雑誌「小天地」を発行。
明治39年(1906年) 20歳
4月、母校渋民小学校の代用教員となる。12月、長女京子誕生。
明治40年(1907年) 21歳
5月、一家離散。妹光子を伴い函館へ。
明治41年(1908年) 22歳
札幌、小樽、釧路と新聞記者生活を続け、4月、海路単身上京。
明治42年(1909年) 23歳
妻子と母を東京へ迎える。
明治43年(1910年) 24歳
10月、長男真一が生まれる。12月、歌集「一握の砂」刊行。
明治44年(1911年) 25歳
2月、慢性腹膜炎で入院、次第に衰弱。
明治45年(1912年) 26歳
4月13日、肺結核のため27歳で永眠。6月、「悲しき玩具」刊行。

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